パリにおける仕事・日常生活の忘れな草


by vwpolopolopolo
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今日の昼のフランス語研修で習ったことを少し。

先ごろ、デンマーク等でイスラム教を茶化した漫画があるということで、怒ったイスラム教徒がアラブのデンマーク等の大使館を攻撃するという事件がありましたが、フランスの新聞等でもこの事件をフランス流に戯画化しているということで、冒頭、先生が紹介してくれました。Charlie Hebdoという新聞のような形態の週刊誌です。

'Touche Pas a Mon Mahomet'(私のマホメットに触れないで)と書いて、ムスリムの人達がマホメットを抱きかかえているような絵です。これには背景があって、フランスには、'Touche Pas a Mon Pote'(poteは仲間の意味)という名前の移民を守るための反人種差別団体があるそうです。それをもじっての漫画ということで、フランス流に味付けがしてあるということです。('Touche pas a mon pote'のHP)(ところで今、何気なくこのHPを見ましたら、2月7日付けで声明を出していて、戯画化するのは良くないと、このCharlie Hebdoの発刊を非難する旨のことが書いてありました。びっくりしました。)

次にdevise(金言、スローガン、モットー)の話になりました。'Le client est roi.'(お客様は王様)というのが「一応」フランスにもあるそうです。とても本気で言っているように思えませんが・・また、'Liberte, Egalite, Fraternite'(自由、平等、博愛)もフランスのスローガンですが、昨今色褪せてきているかな・・というのが先生の感想でした。

'Fluctuat nec mergitur.'(決して沈まず浮いている)というのも紹介されました。これは、ラテン語でしょうか、沈まない船がイメージされますが、意味するところは「パリ」なのだそうです。フランスなりパリなりが一番という大変ポジティブな標語で、フランス人の思いを垣間見た気がしました。

'Rentrer avec tes pieds (RATP)'(あなたの足で帰宅しなさい)というのも紹介されました。RATPはパリの公共交通機関の総称ですが、ストや遅延などの場合、自力で家に辿り着いてください、ということでしょうか。冗談が過ぎます。

最後に、フランス人は蛙を食べるということで、「フロッグ」と揶揄されることが多いですが、この蛙はどこに売っているのか、確かめたことがなかったのですが、先生によれば、生で売っているのは見たことがなく、冷凍食品専門店(パリにはピカールというチェーン店があります)で扱われることが多いということでした。

みんな蛙を食べているのかというとそうでもないようで、同室のフランス人同僚は「蛙なんて口にしたこともない」と言っていました。
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# by vwpolopolopolo | 2006-02-09 22:15 | フランス語

「国家の品格」再考

昨日は、風邪が悪化したため、職場を少し早引けしてアメリカンホスピタルというところに行きました。ここには大変有難いことに日本人医師がいらっしゃって、いつも適切に処置していただいています。パリに来てすぐの頃、今回と同じような風邪にかかり、職場に紹介してもらったフランス人医師に診てもらったところ、抗生物質を一切処置してくれず、いつまでたっても治らないので、この日本人医師のところに駆け込みました。ちなみにフランス人医師が処方したのは「熱さまし」だったのですが、「咳が止まらない」と言っているのに杜撰な処方箋を書いていたわけです。「熱さまし」と分かったのはこの日本人医師の方に教えてもらったからです。当然ですが、日本人医師の方に診てもらった後は咳はぴったり治りました。

昨晩から薬を飲んでいますので、少し楽になりましたが、今日はおとなしくしていようと、日本から送ってもらった「国家の品格」(藤原正彦)という本を読んでいました。日本で良く売れいてる模様の本です。

日本は「情緒と形の文明」を持つ稀有な民族で、欧米流の合理性・ロジックのみの論理に毒されるべきではない。合理性だけでは人間生活の周辺部分はすくいきれないが、日本人は長らく「もののあわれ」等を解しつつ武士道精神(弱い立場の人を思いやる惻隠の情というそうです)で以って対処してきた。市場主義の蔓延の中では一見無駄に見える(?)文学・数学等をきちんとベースに学ばなければ、今後、国としての底力は維持できない。世界が欧米的合理主義に傾いていく中、欧米のような「普通の国」となるべきでなく、(誤解を恐れず言えば)「異常な国」になるべきである・・・

内容はこのようなものだったかと思います。藤原氏が数学者であるため、やや自然科学信仰が前面に出ているとも思いましたが、参考にすべき点は多くあったと思います。

日本の平安文学が同時代の世界を見渡しても稀有であり、もっと日本について知悉しなければならないというのは全くその通りで、このあたりの勉強が抜けている気がする昨今、耳の痛い話でした。

武士道精神云々も日本人にとってはすんなり受け入れられます。

ただ「異常な国」というのには少し抵抗がありました。現状追認をすべきという気は毛頭ないのですが、例えば数年前ダボス会議で石原都知事が「米国に対してNOと言うべき」とぶち上げたことがあったそうですが、マスコミ含め他国から誰も相手にされなかったそうです。藤原氏は「たかが経済のためにグローバリゼーションを甘受して、日本の国民性が損なわれてはいけない」と指摘されていますが、世界でこれを声高に言っても石原都知事の二の舞でしかないような気がします。

欧米人には日本なりアジアなりに興味を持ち結構勉強している人がいる一方、いまだにアジアに足を踏み入れたことがないという人もいます。私の職場においてすらそうです。アジアに行ったこともない彼らに日本の価値観をとうとうと述べても煙たがられるだけの気がします。そこで日本人は少し大人になる、つまり私達はヨーロッパの文化・歴史を少なくともヨーロッパ人がアジアについて学ぶより深く知っていると思います。それは明治維新以来の欧米信仰の賜物でしょう。彼らに話を合わせる、もちろん藤原氏が言うような日本人としての心意気はお腹のなかにいつも持ってです。欧米人が日本について説明を求めてきたら喜んで話す。さもなければ取り立てて日本人気質をごり押ししないということなのかと思います。日本のことはしっかりバックグラウンドに持ちつつ、普段それをひけらかすことはないという、いわば「ダブル・ブラフ」が望ましい姿のような気がします。

また、欧米人に合わせているというのは英語が典型例と思います。ヨーロッパで普通の人は英語は勉強しても日本語を勉強して将来に生かそうと考えることは稀です。そもそも日本人なりアジア人は英語等でコミュニケーションという、一歩譲って(大人になって)彼らに合わせるということをやっているわけで、孤高を気取るのはあまり得策ではないように思われます。
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# by vwpolopolopolo | 2006-02-04 18:30 | 日常生活
ケーブルインターネットの調子が悪かったのですが、やっと修繕されました。これまでの苦労話を少し。

先々週の日曜からネット接続が出来なくなり、すぐに復旧するかと放置していても全く駄目で、2~3日して職場からカスタマーサービスに電話をしてみました。カスタマーサービスといいながら1分毎に料金がチャージされるシステムです。結局、「PCを目の前にして色々説明するから家からかけ直してほしい」と言われ、再度夜に電話。当方としては、家にテクニシャンが来てくれさえすれば良いというのが意図だったのですが、まずは電話で色々試してからということのようです。しかしフランス語対応のオペレータしかおらず、私にコンピュータ上のコマンド等を説明してくれてもよく分からない。「明日かけてくれたら英語対応のオペレータがいるかも」と早くも逃げ腰です。

あきらめて、翌日夜電話。今度は英語を少し話す人ですが、やはり色々試すべきことをうまく説明しきれません。実はここまでも何度か電話が途中で切れてしまって一からやり直しということがありました。相当いらいらしてきていたのですが、この人は声の感じが良い人で、「英語が大変出来るテクニシャンを後から電話させる」ということです。そのままドロンではあるまいなと思いつつも、待っていると21時半頃本当にかけてきれくれました。英語がスムーズな人でしたが、それでも1時間近く要して色々試したでしょうか、結局駄目で、「テクニシャンを派遣します!」とのこと。「やっとか・・・」と思ったら「今日は遅いのでテクニシャンのコンピュータ上の予約は無理なので、また明日夜電話してあげます。」とのことでした。

翌日待っていましたが、サービス時間終了の22時前になってもかからず。こちらからかけると、「もう帰り支度をしています」と言いたげな、おばさんが出てきましたが構わず事情を説明しました。「ちょっと待って」と言われ待っているとまた電話が切れてしまいました。おそらく22時で予約システムがダウンしたからもういいやと切ってしまったのかもしれません。お詫びの電話があるかと思って待ちましたがそれもなし。もうあきらめムード。

翌日、電話では埒が明かないと、このケーブル会社のブティックに出向きました。「テクニシャン派遣の予約をしたい」というと、「ここは新規顧客のためのテクニシャンの派遣を調整するところなので対応できない、カスタマーサービスに電話してほしい」と言われ、もう相当あきれながらも家に帰り電話し、やっとテクニシャン派遣の予約をしました。

そして今日がテクニシャンが来る日でした。

朝一番(8:30)で来てくれたのですが、「これはケーブル会社の問題でなく、PC側の問題なのでどうにも出来ない」由。途方に暮れていると「このようなことに対応できる知合いのテクニシャンを紹介しても良いが」というのでお願いしました。そのお知り合いは早速今夕来てくれることとなりました。

来てくれた人が色々試してくれたのですが、「やはりPC側には問題なく、ケーブル会社側の問題(!)」とのこと。また、「同じケーブル会社のもので同じような問題に最近遭遇した」由です。大変良い人で、今朝来てくれたテクニシャンに電話をして「これはちょっと問題だよ、ちょっと来てくれ。」と電話してくれます。今朝来てくれたテクニシャンはたまたま私のアパートの近くで仕事をしていたようでした。

結局朝来てくれた人と夕方来てくれた人2人が私のPCの前で押し問答を始めました。結論としてはどうやら「ケーブル会社の問題」ということとなり、朝来てくれたテクニシャンがケーブル会社のカスタマーサービスに自分の携帯で電話をしてくれました。もちろん1分毎に課金されています。やりとりを聞いていましたが、どうやらケーブル会社は逃げているようです。埒が明かないので、彼らはあきらめて、結局、朝来てくれたテクニシャンが応急措置として私にPCカードを売ってくれ(10ユーロ)、それで開通することとなりました。ちなみに夕方来てくれた方には50ユーロ支払いました。これはいわばアングラの言い値ですが、色々と気を遣ってくれたので、仕方ありません。

結論としては、ケーブル会社に問題があり、しかもまだ根本的に解決してくれていないということです。来てくれたテクニシャンのお2人は、独立自営の方々のようで、いわば中立の立場であるため、私に代わって色々とケーブル会社に掛け合ってくれたこととなります。結局埒が明かなかったのですが、彼らには大変助けてもらいました。まずは感謝ですが、このケーブル会社、これはちょっと問題です。それにしても1消費者では、会社組織のサービス提供者に対しては弱い立場です。日本なら苦情も言えると思いますが、なにせフランスなので泣き寝入りになってしまいます。
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# by vwpolopolopolo | 2006-01-26 00:10 | 日常生活
同室フランス人同僚とフランスの運転免許について話した際のことです。

フランスでは、規則(理論)テストを受けて通ってから、最低3ヶ月仮免許の状態で練習し(運転の際には指導員の乗務が必要)それから公道での2次テストを経て、本免許付与となるそうです。

これが、彼女のいたベルギーとなると、規則テストを受けて通れば、仮免許を以ってすぐに規定の公道練習が行え(これを9ヶ月以内に行うそうです)、免許交付となるそうです。従い、フランスのように仮免許で3ヶ月以上いなければならない等の規則はないこととなるようです。

彼女が受けたベルギーの公道試験では、縦列駐車など3分以内にきちんと白線内に入れて駐車できるかがチェックされるそうで、これにしくじって2回落ちたそうです。縦列駐車が織込み済みなのがやはり日本と異なるところです。

他のフランス人職員からも聞いたことがあり、また、彼女からも聞いたことですが、フランスの自動車教習所は、受験者を合格にするか不合格にするか完全裁量を持ち絶大な権限を持つため、組織化されているとまでは言えませんがいわばマフィア化し、免許取得がどんどん困難になっている由でした。日本では教習所は警察ともそれなりに連携しているでしょうし、ちょっと考えづらいことです。

また、車の後部に「A」とか「F」とか書いたステッカーを貼って運転している車を見かけますが、この「A」は「トレーニング中(apprenti(e))」つまり日本でいう若葉マークの意味のようです。日本同様1年つけておくものだそうです。「F」というのは彼女の説明では、単に「フランス登録車」ということを示しているのではないかということでした。

また、月曜深夜は、モンテカルロラリーのテレビ放送が行われ、いそいそとビデオ録画しました。しかしF1のようにメジャーでないのか深夜枠というのが寂しい限りです。しかし、2局、W9という商業放送で40分程度、その直後TF1という最も有名な商業放送で50分程度、別々の局のため別々の編集でしたが放送されていました。車載カメラは同じのため映像は重複していましたが、見比べることが出来面白かったです。モナコの近くとはいえ、山間部は雪も残り、凍結している箇所も多かったようで、ドライバーは皆「難しい」と強調していました。

W9の番組は、(おそらくですが確か去年結婚したという)セバスチャン・ロエブの奥さん、といってもモデルように綺麗な女性ですが、彼女が合間にナレーションを入れていました。字幕に「Severine Loeb」とあったことから想像したものです。

結果は昨年プジョーに乗っていた、フィンランドのグロンホルムがフォードに来て優勝。しかし彼は足が長すぎるのか、ペダルとの間隔が合わず膝が痛いというようなことを言っていました。2位はロエブ。そして、スバルのソルベルグはオイル漏れの憂き目にあい、結果を出せなかったようです。動かなくなった車のところでインタビューを受けて、「モンテカルロは勝たせてくれない。いつもこうなんだ。(昨年も雪でスリップしてガードレールに衝突)」と言っていましたが、評論家みたいでなく、彼の持ち味の感情あらわに、もっと悔しそうにしたら良いのに・・とも思いました。

次回は2月頭にスウェーデンで開催されます。雪道が基本であるため、これも楽しみです。
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# by vwpolopolopolo | 2006-01-25 09:00 | 日常生活

モンテカルロラリー

今週末は、WRC(世界ラリー選手権)のモンテカルロラリーです。今年の緒戦にあたります。

私はラリー選手権など日本ではついぞ知らなかったのですが、こちらに来てはまってしまいました。経緯等は以前(2005年12月11日分)に書きましたが、見ていると本当にわくわくします。日本でも2004年から開催されるようになったようです。スバルや三菱と車は提供していて、今まで開催されていなかったのが不思議なくらいです。

今朝地下鉄の駅等で無料配布される「Sport」に昨年のチャンピオン、セバスチャン・ロエブ(フランス人)のインタビューが出ていました。

以下やりとり模様を少し。

「勝ちまくって、敵がいないのでは?」
「このような独占状態が永遠に続くとは全然思っていない。」
「コパイロット(ナビ)のダニエル・エレナについて一言?」
「林間を時速180キロで走り抜けるのは、コパイロットへの信頼なくして出来るものではない。車内ではお互いスーパープロだが、外では良き友人である。」
「フランス人スポーツ選手が人気が出てきているが?」
「ラリーはそれほどメディアへの露出がないので、ジダンやアンリのように自分も貢献できるのは嬉しい。」
「あまり感情を表に出すタイプではないですね?その静かな感じはどこから?」
「やたらと熱い人を支持しません。私はいつもこうです。少年期をアルザスで過ごし、体操を練習していたからかもしれない。このラリーというスポーツは、集中力を高め、プレッシャーに耐えなければならない。私のようなタイプは他の人より有利だと分かってきました。」

今週末から本当に楽しみです。(WRCのHP)
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# by vwpolopolopolo | 2006-01-20 12:30 | 日常生活

Palais Royal!

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もともと映画を観る習慣がなく、パリに来てからも映画館に行ったことがありませんでした。個人的にフランス語を教えてもらっているフランス人が、休日よく映画を観に行っていると言っていたのを思い出し、昨年末試しにオデオン界隈を物色して「キングコング」というハリウッド映画を観ました。分かりやすく迫力もあったのですが、所詮は異国の産物。そこで今回はフランス映画をと思って、以前から地下鉄の広告で目を付けていた「Palais Royal!」を観に行ってみました。フランス映画をしっかりと観るのは、パリに来てすぐにビデオを借りて観た「アメリ」以来です。

今回も、オデオンで午前の部です。入場料は5.20ユーロですから日本と比べて本当に安い。内容は、「ダイアナ妃」と「レーニエ3世ご逝去(2005年4月)後のモナコ公国」を足して2で割ったような内容でした。コメディタッチなのでフランス語が分からなくても演技だけで楽しめましたが、最終的に「ダイアナ妃の事故死」に拘泥するあまり、ややシナリオに無理が出てしまったような気がします。

この映画について評価は色々あるようで、一般の人が感想を書き込めるようなサイトを見るとやはり、「最高」との評価はなく、「良い」と「駄作(null)」とが4対6くらいという感じでした。次回は、リュック・ベッソン監督の新作「Angela」をと思っています。(実はこれと「Palais Royal!」どちらを観るか迷いました。)

以下、たまたま見つけたサイト(http://www.excessif.com)に載っていた、王妃役のヴァレリー・ルメルシエさんの本映画に関するインタビューがありましたので、(後での勉強用と記録用に)そのまま転載させていただきます(ので以下を見ていただく必要は全くありません)。

Vous, n'auriez pas mangé du saumon avarié aujourd'hui !

Non, non, jamais ! Ni d'andouillette, ni de boursin, jamais (Rires)!

Plus sérieusement, qu'est-ce qui vous a amenée vers ce sujet ?

A l'origine, je désirais plus me centrer sur l'histoire d'une femme ancrée dans le milieu politique, la femme du Maire de Lille plus exactement. Dresser le portrait d'une femme qui finit par éclipser son mari. Mais je trouvais que c'était un milieu plutôt triste, peu amusant à filmer. J'ai patiné pendant un certain temps, je me suis posée beaucoup de questions, je voulais aller vers un univers plus drôle à dynamiter et c'est à force de tomber sur des photos dans différents magazines, style Point de vue, images du monde, que j'ai eu l'idée de me centrer sur un Royaume.

C'est devenu un rituel pour vous de feuilleter ce style de magazines ?

C'est vrai que je me suis mise à découper pas mal de photos. Il y a parfois des situations tellement drôles que je n'avais aucunement besoin d'en rajouter pour les rendre décalées, il suffisait presque de les calquer. La scène du don du sang, par exemple, j'ai vu la Reine de Jordanie s'y plier, la Princesse de Hollande manger du pain d'épice que j'ai transformé en spéculos ! Je suis d'une certaine façon restée très proche de la vérité et, au-delà de ce que l'on perçoit au travers des médias, j'avais envie, par curiosité, d'essayer de savoir, en m'y arrêtant avec humour, ce que ces gens se disent en privé, ce qu'ils pensent lorsqu'ils saluent la foule du balcon, lorsqu'ils se promènent en carrosse, saisir ce qui se passe derrière le faste de la vie officielle.

La trame de votre histoire repose essentiellement sur le parcours de Lady Die, c'est une figure qui vous a marquée ?

Ce qui m'intéresse tout particulièrement chez elle c'est la façon dont elle a habilement manipulé les médias, l'opinion publique. Elle voulait être Princesse, elle souhaitait épouser le Prince Charles et s'est servie de sa position, contrairement à Armelle qui ne désire aucunement avoir des responsabilités royales et représenter son pays. Elle préfère être en retrait et se sent très bien dans son propre monde. Je n'ai pas cherché à construire un Royaume d'opérette, je voulais d'ailleurs que les spectateurs puissent s'identifier à ces deux couples, certes un peu bourgeois, que l'on découvre lors de la première séquence et qu'Armelle soit ensuite brusquement catapulté dans un univers qui n'est pas le sien.

Vous insistez plus particulièrement sur son hypocrisie, sa fausseté, est-ce que c'est ce que vous reprochiez à Lady Die, est-ce des failles qui vous insupporte ?

Il me semble que Lady Die devait certainement l'être et ce sont effectivement des travers que je n'apprécie guère, mais, dans le cas présent, il fallait surtout trouver des situations pour alimenter sa personnalité. On fait, en général, peu de cas de la gentillesse, elle ne se voit pas et, au début du film, personne ne fait attention à Armelle. Je trouvais assez intéressant de montrer que, finalement, plus elle est perverse, fausse, plus tout le monde la remarque, la trouve sympathique, gentille. Je voulais vraiment qu'elle aille un peu trop loin et surtout qu'on ne s'attache pas au personnage, qu'on ne ressente aucune peine lorsqu'elle meurt accidentellement. C'est d'ailleurs la raison pour laquelle je commence le film par son enterrement. Le seul personnage entier du film, qui mérite le détour, c'est le frère déchu, Alban, celui qui est sacrifié.

Pourquoi l'avoir rendue aussi cruelle, faire ainsi de la victime qu'elle est un insensible bourreau ?

Elle finit effectivement par dépasser ses maîtres. Cela me faisait beaucoup rire de la voir ainsi devenir odieuse et encore, j'ai coupé pas mal de scènes où elle était vraiment méchante et gratuitement, là, elle s'attaque surtout à ceux qui l'ont blessée.

Vous posez un regard très cynique, mordant, sur sa personnalité, vous ne craignez pas les réactions des fans de Lady Die envers laquelle vous est indirectement très dure,

Il est certain que c'est plus facile pour des Français de faire un film sur ce sujet. En général, les Anglais se montrer distants et ont beaucoup d'humour. En même temps, même si je ne peux nier un lien avec Lady Die, d'autres figures royales pourraient rivaliser avec Armelle. c'est une histoire qui pourrait tout aussi bien se passer en Hollande, en Belgique, au Luxembourg ou Monaco, c'est un mélange, j'ai brassé des bribes d'histoires mondaines.

C'est un film que vous avez eu du mal à monter ?

Ce fut un peu le parcours du combattant mais sur une courte période. En fait j'ai surtout eu du mal à accuser une petite déception. Claude Berri qui devait produire le film a, en effet, fini par trouver qu'il était trop cher à mettre en place et il avait l'impression que personne n'appréciait le sujet. Ce fut assez difficile à encaisser ! Je pense qu'il n'avait surtout pas trouvé de chaînes pour le suivre et les acteurs ne lui convenaient probablement pas. Heureusement, j'ai croisé la route d'Edouard Weil puis celle de Gaumont qui va distribuer le film.

Vous aviez misé sur certains comédiens dès l'écriture du scénario?

J'ai écrit le rôle de la Reine pour Catherine Deneuve, sur mesure, avec l'espoir secret qu'elle accepte. Cela m'aide toujours beaucoup durant l'écriture de penser à la personnalité d'un comédien que j'imagine incarnant ce rôle, cela me permet de construire certaines répliques, certaines scènes. Je l'avais déjà croisée et j'avais immédiatement trouvé qu'elle avait une image très différente de ce qu'elle représente. C'est quelqu'un qui parle très vite, assez terre à terre, une femme comme tout le monde, simple et, en même temps, je la trouve justement royale, même en tablier, elle a une dimension exceptionnelle, sans avoir forcément besoin d'être parée de bijoux. Lambert Wilson a également, naturellement, un côté très aristocratique. C'est en le voyant dans le film de Valeria Bruni-Tedeschi où il joue un fils de famille un peu désinvolte que cela m'est apparu. C'est une sorte de boy scout qui s'en fou, c'est un potache et c'est souvent les pires, il est certain d'avoir raison sur tout.

Et Maurane, c'est une chanteuse que vous suiviez, que vous aimez ?

En fait, je ne la connaissais absolument pas mais j'ai eu le sentiment que c'était la bonne personne. Elle a une très belle voix et puis, elle a vraiment l'image de la bonne copine, celle auprès de qui on peut facilement aller se réfugier. C'est étonnant d'ailleurs car, dernièrement, en discutant avec un journaliste, je me suis aperçue qu'il pensait que nous avions directement été tourner chez elle, il trouvait que l'atmosphère lui ressemblait, c'est vrai que sans jamais aller chez elle, j'ai essayé d'imaginer son appartement par rapport à ce que je sentais, ce que je percevais d'elle. Lorsque je lui ai proposé le rôle, je me suis également demandée vers qui je pourrais me tourner si elle refusait, j'avais du mal à imaginer une autre chanteuse connue pour incarner ce personnage, et il me fallait absolument quelqu'un de célèbre ? Lara Fabian, Céline Dion ? Elles auraient été peut-être un peu trop cher pour nous…

Et Pavarotti ? Beaucoup se sont posé la question, est-ce un sosie ?

C'est un sosie, et il est plus mince que le vrai ! C'est un Anglais. Nous avons commencé par la scène du saut à l'élastique et, alors que nous attendions pour tourner, il m'a demandé, à juste titre, pourquoi du coup il n'était pas à l'enterrement d'Armelle. J'ai trouvé l'idée pertinente et le producteur a accepté de lui payer un billet d'avion pour qu'il nous rejoigne en Belgique. Je crois d'ailleurs que Pavarotti, le vrai, était à l'enterrement de Diana.

Est-ce un rôle que vous avez écrit également pour vous faire plaisir, pour retrouver, d'une manière détournée, la fameuse Lady Palace et ses petits conseils ?

Absolument, j'avais très envie de m'amuser en entrant dans la peau d'Armelle et je me suis régalée.

On vous sent d'ailleurs beaucoup plus à l'aise que dans Le derrière ?

D'une façon générale, je suis beaucoup moins complexée aujourd'hui par le cinéma. Sur scène, je me sens toujours très libre, je vais où j'ai envie d'aller sans jamais montrer mes textes au préalable. S'il me prenait un jour l'idée de faire lire les textes de mes spectacles, personne ne les accepterait ! J'étais donc terrorisée par la perspective de faire du cinéma et je pense que je me suis du coup souvent imposée certaines barrières. Pour Palais Royal, j'ai inconsciemment décidé de lâcher prise, de me laisser aller, de me faire plaisir, avec plus de liberté, moins de complexes.

Vous avez pris le parti pris également de vous mettre plus en valeur ?

Dans Le derrière j'étais effectivement finalement assez peu présente. Je me suis beaucoup coupée au montage et je me suis rendu compte que cela avait peut-être frustré certains spectateurs. Sur le tournage, je passais beaucoup de temps avec les acteurs pour finir par tourner mes propres plans toute seule, en fin de journée, sans personne parfois pour me donner la réplique. En m'engageant sur ce nouveau film, j'avais envie de m'éclater également en tant qu'actrice, de ne pas attendre d'être épuisée pour enregistrer mes scènes et j'ai d'ailleurs souvent commencé par mes propres plans pour en être ensuite dégagée et me concentrer sur le jeu des autres comédiens. Depuis Le derrière, j'ai peut-être pris conscience que je pouvais aussi en tant qu'actrice apporter quelque chose au film.

C'est une nouvelle expérience qui vous a également permis d'évoluer, d'aborder différemment la mise en scène ?

Ce qui a été très enrichissant, très formateur c'est que j'ai pu pour Palais Royal prendre vraiment le temps de monter le film. Pour Le derrière, j'ai dû enchaîner très rapidement, je n'ai pas pu me poser et du coup je n'avais pas assez de recul. J'ai le sentiment aujourd'hui que le film manque considérablement de rythme. Cette fois ci, j'ai pris vraiment beaucoup de plaisir à monter le film, à le découper, le construire. C'est une approche formidable que j'ai découverte avec Palais Royal. J'ai coupé pratiquement une heure du film et j'avais presque parfois l'impression de le réécrire, en changeant l'ordre des scènes ou l'axe même parfois de certaines séquences.

Vous ne vous sentiez jamais dépassée par cette double casquette?

J'adore les acteurs, vraiment, c'est un réel plaisir de les voir jouer, de les suivre, je regarde chaque scène directement, sans me glisser derrière le moniteur, je tiens à être près d'eux, à vivre chaque plan, chaque réplique avec eux et, en tant qu'actrice, j'adore également sentir la présence du réalisateur près de moi. En les écoutant, il m'arrive parfois brusquement de rire, d'avoir envie de les rejoindre, passer devant la caméra ne me posait donc aucun problème, je me sentais au contraire très légère, l'élève qui sort dans la cours de récréation, je n'avais plus à m'occuper d'un nombre incroyable de détails, essentiellement techniques.

Vous aimez le contact avec les comédiens, et, paradoxalement, vous montez toujours seule sur scène, vous n'avez pas envie de partagez l'affiche avec d'autres acteurs ?

Je ne me vois pas jouer des classiques, je préfère m'orienter vers des sujets plus modernes, proches de l'actualité et je n'ai encore jamais eu entre les mains un texte contemporain à plusieurs personnages qui retienne mon attention.

Et écrire vous-même une pièce à plusieurs voix ?

Pourquoi pas, j'aimerais mais je ne sais pas si j'en suis capable.

Vous avez du mal à écrire vos propres textes, vos propres scénarios ?

C'est toujours très long. Ce sont des moments où l'on doute plus facilement mais, en même temps, très agréables, enrichissants, au même titre que le montage justement. Tourner me donne plus facilement le tournis, j'ai l'impression que l'on peut plus facilement se perdre, ne plus tenir son film, il y a trop de monde.

Une dernière question, le saut à l'élastique, c'est une idée plutôt loufoque, une mort absurde, c'est un sport qui vous terrorise ?

Je déteste et trouve l'idée de se jeter ainsi dans le vide totalement ridicule. Même monter dans un manège m'angoisse. Et puis, un saut pour la paix, en plus, c'était tellement stupide, une mort idiote qui me faisait délirer !
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# by vwpolopolopolo | 2006-01-09 23:45 | 日常生活

SUDOKUチャンピオン

以前、同室だったオランダ人が、「SUDOKU」というジグソーパズルのようなものをやっていると、専門に扱った本を紹介してくれたことがありました。

「9×9」のマス目に縦横それぞれの列に1から9の数字が入るようにし、しかも、9個ある「3×3」のマス目にも1から9の数字が入るようにするという遊びです。(空欄になっている部分を左記のルールに従い埋めていくもの。)

SUDOKUと書いてあって最初、「素読?」などと思っていましたが、どうやら「数独」という日本発のものとも聞きます。紹介してもらいながら全く忘れていました。

ところが、昨日の新聞で「19才の女性が、フランス初代SUDOKUチャンピオンになった」と報道がありました。

Sport cerebral(頭脳のスポーツ)なる団体が開催した由で、優勝した19才の女性はやはりといいますか、数学が専門の人だそうです。また、決勝に近づくに従い、女性しか残らなかったとも。

以下決勝の問題とその解答です。

決勝の問題

解答

新聞では「Sudokiste」なる言葉も踊っています。意識して見ると、本屋にもたくさんSUDOKUの本がありました。
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# by vwpolopolopolo | 2005-12-20 14:00 | 日常生活

ノーベル賞受賞者座談会

フランスとは直接関係ありませんが、今日、BBCを見ていたら今年のノーベル賞受賞者が会しての座談会が放送されていました。

ちょうど田中さんが受賞した際にもBBCでやっていた記憶がありますので、毎年恒例の番組かと思われます。

1つ気付いたことです。受賞者の紹介をテロップで流す際に、「Physics Laureate」など、物理学、化学、医学・生理学には「Laureate」と冠されているのに対し、「Economics Winner」と経済学だけは「Winner」扱いされていることでした。経済学賞は後から創設され、正式には別の基金から拠出されるもののようなので、別枠ということのようですが、私が経済の専門であることもあり、「そんな差別しなくても良いのに・・」と思いました。

それはさておき、BBCのアンカーが、「情報技術(IT)の与える影響について」とわざわざ時間を設けて受賞者に話を振っていた部分が興味深かったです。主な論点は、「過去の学術論文等にアクセスすることが容易となった」ということでしたが、アンカーが、「ITにより、中国、アフリカがデータベースにアクセスできることとなりエンパワーされるか?」と問うと、

経済学賞受賞者の1人(Robert Aumann氏)が、「もちろんエンパワーされるであろう。しかし一方で情報の雪崩(avalanche)にやられるという側面もあり、容易には答えられない。一長一短があると思う。」また、「この場に女性(受賞者)がいないのはなぜであろうか。選考過程をとやかく言うつもりはないが、女性がITによりエンパワーされ、近くこの場に出てくることを望む。」と答えていました。

また、アンカーが「非アメリカ人にITが貢献する側面があるか?」と問うと、

もう1人の経済学賞受賞者(Thomas Schelling氏)が、「上海など5年前にはインターネットはなかった。今は彼らもアクセスが容易になり、エキサイティングな状態だが、学術的にも競争が進展し、(アメリカ人にとっても)脅威となっている。」と正直に答えていました。

続けて、「例えば旧ソ連など、自国研究者を米国に留学させる際、研究者が本国に戻らないことを避けるため家族の帯同を認めず、本国で「人質」に取っていた。今は中国などそのようなことをしなくてもITで情報にアクセスできることから、研究者が本国に戻らないということはなくなりつつあるのではないか。」と指摘していました。

全て研究者からの視点ですが、ITの効用について面白い議論だったと思います。
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# by vwpolopolopolo | 2005-12-18 17:15 | 日常生活

民衆を導く自由の女神

パリに来た当初(2004年秋から冬にかけて)、ルーブル美術館の年間会員になり、夜開館している水曜などに仕事の後、足繁く通いました。

有名どころは見ることが出来ましたが、なぜかドラクロワの「民衆を導く自由の女神」を見ることが出来ず残念に思っていました。どこかの美術館に貸し出されているのかと思ってそのままになっていました。

一応年間会員を更新していたため、たまにはと思い、今日久しぶりにルーブル美術館に行ったところ、「民衆を導く自由の女神」を見つけることが出来ました。「1830年7月28日」とあり、まさに七月革命の絵です。教科書などではよく見た絵ですが、あの大きさで目の当たりにすることができ大変感動しました。

教科書などの白黒写真で見ると気付かなかったのですが、向かって右の真ん中あたりにパリの建物が少し描かれていて、それが今見る建物群と同じような感じでした。やはりあの頃と変わらないんだとちょっと発見です。

この絵は、中央で女性が三色旗を掲げている躍動的な絵ですが、やはりここの女性は強い。少し前ですが、イラクで人質になっていた女性ジャーナリスト(フローレンス・オーベナス女史)が、解放されたと思ったら、ドゴール空港に戻ってほどなくテレビのインタビューに冗談を交えながら出ていたのにびっくりしたのを覚えています。彼女は3ヶ月以上人質になっていたと記憶していますが、長らく死と隣り合わせでおそろしく疲弊していた筈なのに、解放後すぐにテレビに出られるとは・・・

ドラクロワの絵を見て、オーベナス女史も思い出しました。
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# by vwpolopolopolo | 2005-12-17 21:00 | 日常生活
職員用にフランス語の研修が週2回昼休みに行われます。

私は、フランスに来て初めてフランス語を勉強し始めた口のため、1年半近く経っても、おそらく基本的(?)事項に未だ気付くことが多いです。

まず今日知ったのは、「アクサン シルコンフレックス」の意味です。これはアルファベットの上に「^」が付くものですが、例えば「病院」はフランス語で「hopital」(Oの上に「^」が付きます)となるのですが、なぜそのようなものを付けるか?ということです。

その前に、病院は、英語なら「hospital」。これはスペイン語でも同じ綴りです。イタリア語なら「ospedale」となるとのこと。これらとフランス語の違いは何か。

他の言語には「s」が入っているのに、フランス語には「s」が抜けています。この「s」を抜かしているということが、「シルコンフレックス」の意味することだそうです。何でも1400年頃フランス語でこのような言葉に「s」を入れないことにし、代わりに、「シルコンフレックス」を入れたのが経緯とか。大学からフランス語を勉強していればこのようなことは基本的な事項だったのでしょうか。少なくとも私が今アンチョコ代わりにしている本では見かけない話です。

また、フランスが植民地を持っていた関係でそこから入ってきた言葉もある由。例えばアラビア語から入ってきた言葉で有名なものが、「ハマム(le hamman)」(エステみたいなものでしょうか)、確かに言われてみればアラビックな雰囲気のある言葉です。ヨーロッパの言語同士が相互乗入れしているのは想像できるのですが、歴史的に相容れないはずのアラビア語とも乗入れているところに面白さを感じました。
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# by vwpolopolopolo | 2005-12-13 22:30 | フランス語

フランス運転事情

昨日F1のことを書いたのでその続きで、フランスでの運転事情について書いてみたいと思います。

最近寒くなってきたため、土日などパリ市内でも車で移動することが多いですが、これはそれほど楽しいものではありません。少し運転の間が悪いと、とたんにクラクションをピーピー鳴らされ、また、一般的な運転マナーも日本に比較すれば良くないと思われます。譲るという観点はあまりないようですし、ウインカーなど大変重要なもののはずですが、使わずに車線変更するくらい当たり前です。(これは私達からすると本当に危なく思えます。)

自由主義の国ですから、兎に角自分の自己実現のためにのみ運転しているのではないでしょうか。面白いのは、それで実はうまく機能しているということです。ひたすら自己利益を追求するという「合理的」な振舞いにより「神のみえざる手」が働き市場(社会)は効率的になる、という古典的経済学の考え方を地でいっているかのようです。

最近は郷に入っては郷に従えとばかりに、私もお世辞にも立派な運転はしていないと思います。タラタラ走らず、それなりのスピードでどんどん前に行く、いわば「攻撃は最大の防御」というつもりで走っています。

ところで、運転が楽しいのはパリなど都市部ではなく南部等の山間部に位置する地域です。県道のみでワインディングロードが続き、民家も点在するだけであることからそれなりにスピードも楽しめ、またクラッチワークなども要求されスポーツ感覚で走れます。実際公道ラリーはこのような地域で開催されることが多いようです。一般道路なのに100キロ以上で走っている車もざらで、このような車に後ろにつかれたらつい頑張らざるを得ません。それでも無理があるので自分のペースを守っていると、彼らはあっという間に抜き去っていきます。高速道路は通常130キロが制限速度ですが、一般道ですらこれを守っている人が少ないような気がします。

私は日本ではモータースポーツはF1くらいしか知らなかったのですが、このようなところで走ったのが面白かったため、専門チャンネルなどでやっていて、感情移入しやすいラリーの研究をし始めました。WRCが手始めですがなかなか奥が深そうです。
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# by vwpolopolopolo | 2005-12-11 21:30 | 日常生活
今年の夏、F1フランスグランプリ(マニクールサーキット)を見に行きました。申し込んだ際に住所等の記録が残っていたものと思われますが、昨日早くも来年のチケット購入案内が郵送されてきました。

来年は7月14~16日の由。この時までパリにいられるかどうか不分明であるため、ちょっと申し込みには躊躇しますが、こちらの気持ちをくすぐるかのように、「来年3月10日までに申し込めば、10%割引されます」と謳われています。

パンフレットによると、来年は開催100年祭なのだとか。フランスで自動車レースを「グランプリ」と称して開催し始めたのが、1906年というのですからすごい歴史です。それでその初回に「ルノーが既に勝っていた!」ということです。今年のフランスグランプリではルノーに乗ったスペイン人パイロット、アロンソが優勝しましたが、「来年もルノー」と行きたいようです。

パリからマニクールまでは車で約3時間くらい、しかしサーキット場に近づくと大渋滞で、しかも7月といえば大変暑く、ずいぶん疲弊したのを思い出します。また、入場料も相当高い。

しかし、レース場の中で見たフランス人はシャンペンをあおったりしながら優雅に楽しんでいました。子供も少なからず見に来ているのですが、多くは大人達で、やはり「大人の社交場」という感じです。サーキット内には芝生スペースがあり、レースの合間に寝転んで談笑したりしていました。

また、キャンピングカーで乗りつけて、そこで自炊しながら週末を過ごすという人達もたくさん見かけました。何だか本当に大人が楽しんでるな・・と思った記憶があります。
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# by vwpolopolopolo | 2005-12-10 17:00 | 日常生活