パリにおける仕事・日常生活の忘れな草


by vwpolopolopolo
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20Minutesに標題の記事がありました。おとといのMetro新聞でも明日13時にラデファンスに集合、一斉に集まった人でキスをします、という内容でした。平和を願って・・・というような趣旨だった気がしますが、今日の記事は単に記録への挑戦という扱いです。

実に1188人が参加して、「顔のどこでも良いので一斉に」ということで新記録となったそうです。2008年のギネスブックに登録されるそうです。

「合図があって、思い切って(oser)決断して(franchir le pas)、ビズ・・」とありました。職場のすぐ近くなので覚えていたら行ったら楽しそうだったなと思っています。(完全に忘れていました。)
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# by vwpolopolopolo | 2006-11-10 23:59 | 日常生活
昨日の続きです。

第3章 日本人にとっての天皇

・世界の君主国の数は26。人口の少ない順にスペイン、イギリス、タイ、日本。従い日本が最大の君主国。現存する君主国で共和制を経験していないのは日本のみ。イギリスですら、ピューリタン革命において、チャールズ1世を処刑しクロムウェルが共和制を宣言(すぐに王政復古)。

・スペインはスペイン内戦から40年(1970年代まで)共和制、その後王室(ブルボン家)が戻ってきた経緯あり。

・オランダはオランダ共和国として独立後、200年近く共和制。ウィーン会議時にベルギーを併合して新しい王国としてスタート。

・ベルギーは、上記のオランダに反乱を起こして、共和国として出発する筈が、同じく共和制の隣国フランスの影響を受ける可能性があることから、それを危惧したイギリス、オーストリア、ロシアから押し付けられた「押し付け王室」。

・タイは君主制であるが、王朝が変わってきている。国王は「仏教の守護者」であることから尊崇される(若い男性は、結婚までに軍隊に出ること、一定期間出家することが求められる)。

・イギリスは政教一致が建前となっている、しかし、信教の自由を保障するという体系。政教分離を言うのは共和制の場合のみ。

・日本の天皇の場合、姓を持たない唯一の君主(イギリス、タイでは王朝名が姓。)。欧州では女王が夫を迎えると「王朝が変わった」と看做される(女帝・女系賛成論で注意しなければならない点。)。

以下感想です。

中西氏は、国際政治学者というよりはご自身歴史学者と考えられているようで、短期的なタームでの国際関係における切った貼ったには興味がなく、公文書が出揃い歴史的に評価できるもののみを研究対象にされているようなので、氏が公文書を(曲解することなくとの条件付きですが)精査した上で、第2次大戦時及び戦後の謀略論を唱えられているとすれば、結構ショッキングな内容で、知らず知らず日本人としてのアイデンティティを忘れさせられていたとすれば今後よくよく意識しなければならないと思います。

今般安倍総理となって、憲法改正など日本としての独り立ちの動きは、安倍総理(又は日本国民)のみの思いつきでなく、米国も暗にOKを出していると想像され(でなければそのようなことを口にする総理就任を認めなかったでしょう。)、戦後60年でいよいよ日本が舵を切る時期が来ていると思います。

憲法改正の論点である、9条、天皇について、中西氏の記述は相当ラディカルだなとの印象を持ちました。例えば集団的自衛権の行使当然という論調ですが、どこまで議論が深められるかは紆余曲折があると思います。同様に天皇について、125代に渡って連綿と続いた制度が仮にもし終了するとすれば、それは先の敗戦時だったと思いますが、それを潜り抜け現に存続していることを完全に止める世論にまではならないだろうと想像します。あるとすれば皇室の在り方という議論と思います。
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# by vwpolopolopolo | 2006-11-05 22:30 | 日常生活
標題の本を日本から取り寄せて読んでいます。著者は中西輝政氏。以前からこの人の「大英帝国衰亡史」などを読んで、面白く思っていた人です。

氏の5年前くらいの著書(題名は失念しました。)で、今の若者が日本を大切に考えたり、日本人であることに誇りを持つためには憲法を日本人自らの手で作り換えていかなければならない、その過程で日本のあるべき姿があぶり出され、日本に愛着が出てくるといった趣旨の主張がされていて、その通りだなと思った反面、あまり当時声高にそのようなことを主張する人がいなかったため実現可能性について疑問も持っていました。

今般安倍総理になって、中西氏が総理と近い関係にある人と聞いて、安倍総理が憲法改正を主張するのはこの中西氏の考え方に影響されているのだろうなと想像しています。個人的には憲法を自らの手でという考えには賛成です。

以下中西氏の指摘で記録しておきたい点を書き留めます。

第1章 歪められた自画像

・GHQによる日本弱体化の要諦は、日本人から歴史とアイデンティティを奪うこと。二度と米国の脅威とならないように、日本固有の神道、皇室、歴史教育を全面否定。諸外国では歴史という科目があるのに、日本では「歴史」を社会科((米国に歯向かわない)良き市民を育成する科目)として教育することとなった。

・「米国とは一戦交えたが、シベリア抑留などしたソ連よりはまし」との観念が日本人の中にあり、米ソ冷戦体制では、日本がどちらのサイドにつくかは既定路線であった。占領下GIが気前良くチョコやガムをくれたがそのような行為も米本国の指導によるものであった。

・憲法9条が平和を保ったという誤謬。9条と平和に関連性を見出せない。戦後60年の平和は米ソ冷戦下の核による均衡によるところが大きかった。話を日本に限定すれば、日米安保が平和を保った。9条があっても日米安保がなければ、共産・暴力革命が起こった可能性が高い。米国が日本の革命勢力、その背後にいた中ソを牽制したため、「安保騒動程度」で済んだ。

・戦後の民主化と平等化(農地改革など)は高度成長との因果関係はなし。平等化については社会主義の崩壊を見れば分かる。軍事支出を削ったことも高度成長の要因と指摘されるが、中国、韓国、台湾、ASEANの高度成長をする国々が軍事費を多く計上していることと整合が取れない。高度成長の理由は、国際的要因(西側に属し有利な輸出市場を持ったことによる)が大きい。また、「日本が駄目なのは国際化されていないから」との言説の中で、過去の日本的なものを否定する(日本的色彩を薄める)のは危険。

・GHQ(米国の中でも共産主義に傾いた面々が多数いた模様。)は戦後日本を社会主義の実験場とした(例として、農地解放、財閥解体)。その成功をもって米国革命につなげようと目論んでいたふしがあり。左派マスコミ・知識人、(革新)官僚にも一枚噛んだものがいた模様。

・近現代史は60年で変動。例としてナポレオン。ナポレオンの対ヨーロッパ戦争の後60年は、最大の悪玉と忌み嫌われた。それが普仏戦争でフランスはプロイセンに敗北し、イギリスにとってもドイツにとってもフランスは恐れるに足る相手でなくなり、ナポレオンの評価がタブーでなくなった(むしろその後ドイツの台頭に諸国の目が集まった。)。日本もバブル崩壊、少子化で旧連合国は日本を危険国と看做さなくなり、戦時の公文書が公表され始めた。そこには「日本人に戦前を全否定させる」ことを画策した形跡が伺える。中国共産党の公文書も公表されるようになれば、日本人の戦前を否定する歴史観は大きく変わろう。

・米国は、近時上記のような日本を弱体化させる戦略を転換して、日本にもう過去にケリをつけてほしいと思っている模様。米国の庇護の元から少しづつ離れ、例えば台頭する中国に日本独自で注文を付けるようになってほしい、それが米国の国益に叶う、と考えている模様。

第2章 あの戦争をどう見るべきか

・日露戦争が大東亜戦争の原因というのは誤り。40年近い開きがある。また、その40年間には大正デモクラシーがあり、軍縮を進めた時代で、軍人が蔑視されていた時代であり、断絶あり。

・最大の国難は中国問題。コミンテルンは中国への革命の輸出を画策。中国に利権を持つ帝国主義勢力に打撃を与えることを意図。

・中国での北伐勢力を牽制する列強からの同盟申し入れに、幣原外相は乗らず弱腰外交へ。これを訝ったイギリスが北伐勢力の目を反日にそらすように企図。

・近時公表の米国の公文書で、ハルノートの起草者はコミンテルンのエージェントと化した人物が関与したことが明らかとなっている。これはソ連はドイツと日本との2正面交戦を避けて、日米開戦を望んでいたため。日本では尾崎秀美が近衛内閣で暗躍。

・日独伊3国同盟の松岡外交は問題ありとの評価がされる一方で、戦後、実際は不作為であった幣原外交が模範とされているが、再考の余地がある。

・中国との関係は聖徳太子が言った「対等」に尽きる。仏教というインド発の当時の国際スタンダードの枠組の中で(双方の土俵と離れて)、中国と対話しようとした。今後は、中国では全く念頭に置かれていない「アジア主義」などに拘泥せず、国際ルールの中に日中関係を置いて、双方ドライに主張しあうべき。

長くなってしまったため、残りをまたメモって明日以降に思うことなど書きたいと思います。
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# by vwpolopolopolo | 2006-11-04 22:30 | 日常生活
朝の地下鉄で目の前で小説を読んでいる若い女の子がいて、結構大判で分厚くて重そうなのに熱心に読んでいました。

嫌でも本の表紙・裏表紙が目に入ってきて、でも折角なので、ペンを出してこっそり持っていた新聞にメモりました。

題名「Mes amis mes amours」、作者は「Marc Levy」なるロンドン在住のフランス人作家で、彼の第6作目の小説である、などと書いてありました。

今検索してみると、日本語のものではヒットしないのでまだ紹介されていないのかもしれませんが、欧米では随分当たっている作家のようです。

以下はサイトから貼り付けたものです。
【A warm and humourous tale of fatherhood, friendship and love that unfolds in the heart of London’s Frog Alley

When Mathias moves from Paris to South Kensington to join his best friend, Antoine, they decide to establish a new household for their kids by moving in together. They set themselves two ground rules: they will never call on babysitters, nor will they ever bring any girlfriends home. However, the reality of life "à quatre" is not always as straightforward as it could be…

It seemed like the perfect solution for two single fathers in their thirties. They would take turns looking after the children, divide household chores and keep each other company on lonely Sunday evernings. But such an intimate living arrangement quickly becomes strained, particularly when Mathias takes more than a passing interest in Audrey, a beautiful and ambitious young reporter who wanders into his bookshop one day…

As Antoine and Matthias juggle parental obligations, romantic intrigues and differences of opinion, we are drawn into the colorful world of Bute Street and the intertwining destinies of its locals…With its disarming cast of characters, and set against London at its most engaging, this tender and light-hearted novel is yet another triumph from France’s bestselling fiction author.

Praise for London, Mon Amour:

"This novel is sparkling, generous, and delicately bittersweet" -- Le Quotidien

"A male Bridget Jones" -- Elle Magazine

"400 pages of twists and turns, of feel good factor and touching moments of everyday life. A must-read for the beach. " -- Le Soir

Marc Levy has been France’s bestselling novelist for the past five years (source IPSOS). Published around the world (in 38 languages), he is an international phenomenon. In Germany, for example, all of his novels have reached the bestseller lists and his total German sales exceed 1.5 million copies. In Italy, Finding You (published in February 2006) reached number 4 on the bestseller list. DreamWorks’ production of If Only It Were True, directed by Mark Waters and starring Reese Witherspoon and Mark Ruffalo, opened number 1 at the US box-office in September 2005 (under the title Just Like Heaven). It has since been released around the world. Marc Levy lives in London (on the fringe of Frog Alley).

Number of pages: 415 pages
Publication in France: July 2006】

機会があれば読めればと思っています。

さて、フランス語の研修で出た話です。男女の役割分担等の話の延長で、デンマーク人クラスメートが、「デンマークでいままで信号機の中に描かれていたのは男性だった。赤では男性が立ち止まっていて、青になると歩く姿が出てくるものであった。これが今女性のシルエットになってきている。男女の区別をなくすことに重点を置くなら、米国(ニューヨーク)式に「Walk」「Dont walk」が良いのかもしれない。」

と話していました。日本でもシルエットは男性だったような気がしますが、あれを女性のものに変えるというようなことはおよそ考えたこともありませんでした。いかにもヨーロッパ北部らしい動きだと思います。
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# by vwpolopolopolo | 2006-11-03 22:30 | 職場文化

子供の遊び

フランス語の研修で、子供の遊びについて習ったことです。

まず凧ですが、フランス語では「un cerf-volant」ということで、「flying deer(空飛ぶ鹿)」、フィンランド人クラスメートによれば、フィンランドでは「ひらひら飛ぶ紙」という言葉になるそうです。英語ならkiteです。

フランスの子供の遊び:
・「jouer a cache-cache」はかくれんぼ。
・「jouer au loup」おそらく鬼ごっこのようなものでしょうか(辞書では鬼ごっこは別の表現が出てきますが・・)loupは狼。)
・「faire une ronde」手をつないで輪になって回る遊びといったものでしょうか
・「marcher a cloche-pied」片足で、けんけんで歩く
・「jouer a la marelle」石蹴り

まあだいたいこんなものでしょう、と先生は挙げていましたが、日本の子供なら創意工夫してもっと色々やって遊んでいると思います。フランスの子供は遊びの種類が少ないのでしょうか。

また、中等教育(中学)は、le collegeですが、米国人クラスーメートによれば、最近米国では「Junior-high school」とは言わずに、「middle school」と言うようになっているとのことでした。

昨晩のルーブル学校は、お題が、「Le rayonnement du modele grec (Ve siecle - Ier siecle av.J.-C.)」でした。教科書で出てくるような、「Dieu du Cap Artemision」や、サモトラケのニケ、ミロのヴィーナスなどについて解説が加えられていました。
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# by vwpolopolopolo | 2006-10-27 23:00 | フランス語

Tanguy

f0008225_4224247.jpg昨日、オペラ界隈を歩いていて、初めて入るパッサージュがあり、古本屋のようなところにDVDがたくさん売られていて何気なく見ているとこれを見つけたため購入しました(12ユーロ)。2001年のものです。

以前フランス語の研修で教わった先生に何の文脈であったかは忘れましたが、勧められたもので、何となく記憶に残っていました。なおこの先生は、東京でNOVAの先生として1年間を過ごしたこともあるというフランス人としては珍しい経歴の人で、パリで市川海老蔵襲名披露があると「エビゾー」と言って駆けつける歌舞伎ファンでした。彼女が勧めてくれるということは何か意味があるのだろうと思っていましたが、確かに日本つながりの部分もありました。

ストーリーは分かりやすく28歳になっても親元を離れないフランス人の話です。18歳くらいで親元を離れるのが通常の欧米ではかなり奇異なのかと思われます。(以前何かで読みましたが最近はイタリア人も「母親最高」と親元を離れない男性が増えているとありました。)

ストーリー展開にやや冗長な感じがしましたが、まずまずだったと思います。日本よりも中国を贔屓目に扱っていて少し不満がありますが、フランス人から見たらまああのようなものなのでしょう。

以下のサイトから粗筋を貼り付けています(サイト)
【"Tu es tellement mignon… Si tu veux tu pourras rester à la maison toute ta vie…"
Penchés sur Tanguy, Paul et Edith Guetz n'imaginaient pas à quel point cette déclaration d'amour à leur nourrisson s'avèrerait prophétique.
28 ans plus tard, Tanguy est toujours là.

Brillant (il a fait Normal Sup, une agrég de philo, du japonais et termine une thèse de chinois), charmant (tout le monde l'adore), séduisant (outre sa fiancée Marguerite, Paul et Edith ne comptent plus les conquêtes qu'il ramène à la maison), Tanguy vit toujours chez ses parents et s'y trouve parfaitement bien.

Et même si Paul, lucide, est le premier à plaisanter sur ce sujet en parlant de leur "grand bébé", tout ne semble qu'harmonie chez les Guetz
En apparence tout au moins...

Car en fait, Edith ne sup-por-te plus Tanguy. Elle consulte même en cachette et s'en veut d'avoir de tels sentiments de haine à l'égard de la chair de sa chair.
Heureusement, après sa thèse de chinois, Tanguy part s'installer à Pékin. Alors, Edith compte les jours et se comporte comme une mère aimante, souriante à l'extérieur, fissurée au-dedans.

Mais le jour où Tanguy annonce qu'il va différer sa thèse d'un an, Edith craque. Elle s'en ouvre à Paul qui tombe des nues. Non, elle n'est pas heureuse ! Oui c'est vrai qu'autrefois elle n'avait qu'une trouille, c'est que Tanguy parte. Aujourd'hui, c'est qu'il reste, pour toujours !

Paul et Edith décident alors de dégoûter Tanguy : "S'il n'est plus bien à la maison, il partira de lui-même." Ils s'ingénient - d'abord timidement - puis avec un talent certain, à pourrir la vie de leur enfant.

Mais quand on a été des parents "parfaits", faire comprendre à son fils qu'on ne veut plus de lui s'avère être une entreprise beaucoup plus difficile que prévu. Même la loi ne pourra rien pour Paul et Edith qui en perdront presque la raison.
Non de nos jours, on ne se débarrasse pas comme ça de son fils. Surtout lorsque celui-ci s'appelle Tanguy Guetz.】
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# by vwpolopolopolo | 2006-10-22 21:50 | 日常生活

Hokkaido

オペラ界隈にある、Hokkaidoというラーメン屋さんで昼食を摂りました。味噌ラーメンで6.70ユーロ。これにギョーザ(7つ)を付けると10.60ユーロとなりました。

これまであまりラーメン屋に行くことはなかったのですが、行ったところがどれも不味くて、ここは少し評判良く聞いていたので、行ってみたものです。店に近づくと、外からガラス越しに厨房の様子が何となく見えて、1メートルくらい火が上がっているのが見えました。「?。この火の使い方は日本人ではないな?(中華みたい。)」と思って入りました。

13:30頃に入ってほぼ満席。地下の一番奥の部屋に通されました。フランス人ばかりのグループや日仏混合グループでわいわい食べている感じでした。

これだけの混雑なので出てくるまでに時間がかかるだろうな、と思っていたら思ったより早く、またラーメンの味は日本で食べるものと同じくらい良いものだったと思います。日本人も関与しているのかもしれませんが、やはり基本は中国人資本なのでは?と思いますが、入っているもやしがきちんと炒めたもの(少し焦げ目がつけてあってこれが美味。)で、味付けがしっかりしていて立派だと思います。

店を出る際には扉付近で人(フランス人の団体)があふれて待っている状態でした。オペラ界隈はラーメン屋が多いですが、しっかり選べば美味しく食べられるということが今日は分かりました。
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# by vwpolopolopolo | 2006-10-21 22:30 | 日常生活
今日7区を歩いていたら、行列を見つけました。それほど長いものではなかったですが、100メートルくらいはあったでしょうか、何だろうと思ってみてみると、Musee Maillolというところで、マリリンモンロー展をやっていました。(サイト)新聞でも報道されていて、モンローの映画で好きなものがあるので気には留めていましたが、フランス人にも結構人気があると分かりました。行列するのはこの2週間続いているので、今回はやめました。しかしこの展示は行っておきたいと思っています。

また、今日は凱旋門賞がロンシャン競馬場であるのも知っていました。武豊騎手のディープインパクトが出るということで話題になっていたようですが、結果は今見ると惜敗ということのようです。これも気になっていましたが、行列したりダフ屋から券を買ったりしなければならないことが予想されたため断念しました。
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# by vwpolopolopolo | 2006-10-01 23:00 | 日常生活

ラヴェルの家

パリ郊外のモンフォールラモリー(Montfort l'Amaury)にあるラヴェル博物館(Musee Maurice Ravel)に行ってみました。ラヴェルは「ボレロ」(1928年)の作曲者として有名です。1875年にCibourne生まれ、1921年にこの邸宅(le Belvedereと呼称、展望台の意味。)を購入し以後ずっと住み続けた由です(1937年パリで死去)。

14:30から午後は入場できる(ガイドツアーとなる)ということで、それまでカフェでコーヒーを飲んで待ち、時間ぎりぎりに行くと既に何人か待っていて、良く見ると1回のツアーは7人までとなっていて、私はあぶれてしまいそうでした。既に待っていた人の中には、さっきカフェで横で飲んでいたフランス人男性も混じっていました。当然話したわけではなかったですが、若いようですが結構上品な服装で端正な顔立ちをした人だなと思っていた人でした。

説明をしてくれるおばあさんが現れ、人数オーバーしているがまあ良かろうということで入れてもらえました(入場料7.30ユーロ)。最初に参加者全員にこのおばあさんが「ミュージシャンの方いらっしゃいますか?」と聞きました。私は当然素人なので、「違います」。他の人も中には「アマチュアです。」と答えている人がいました。(なるほど、アマチュアとは便利な言葉です。私も音楽を少なからず嗜むのでこれからはそう言おうと思いました。)

邸内はそれほど広くなく、確かに大人数で観覧するのは無理でした。ひとつづつ部屋を説明していく形式で、ラヴェルの書斎(図書室)は彼の収集した本が当時のまま陳列されていました。そこには当時としては珍しかったであろう、彼が使ったレコードプレーヤーも展示されていました。また、中国や日本に興味を持っていたようで、「中国の部屋」というものも1室あり、また、歌舞伎役者の絵(中村歌右衛門などと書いてあった。)や浮世絵なども飾ってありました。中国や西洋のからくりおもちゃのようなものも収集していたようでした。

さて、ラヴェルのピアノのある部屋(Salon de Musique)に来ました。木製のグランドピアノが置いてあり、ここで作曲をした模様です。突然上述の若いフランス人男性が「弾いて良いですか。」と言って、いきなり弾き始めました。最初は練習曲のようなもの、次にものすごく早弾きのクラッシックの曲を弾きました。ガイドのおばあさんも、他の参加者も「お~」という感じで聞き入りました。「プロではないが、仕事で弾くことがありますから。」ということで何の仕事なのか分かりませんでしたが、最初にカフェで見た時から何やら雰囲気がある人だなと思っていたら、只者ではなかったわけです。展示されているピアノですが、きちんと調律もされていたようで、しかし一般客に触れさせてくれるとは思いませんでした。

その後、なぜかガイドのおばあさんは「ラヴェルの曲の中でも私のお気に入りを聞いて下さい。」とCDをかけ始め、皆で聞き入ることとなりました。(変なツアー・・)

その後、庭にも出ることが出来ました。出てみると一見して日本風の箇所があり、眺めていると、フランス人の老夫婦が「日本のもののようですね。」と声をかけてきてくれました。「私達は、京都も奈良、松江、長崎にも旅行しました。松江はラフカディオハーンがいましたね。」と言うので、「ハーンは日本名も持っていました。」などと話しました。

ツアーはおそらく通常の時間を大きくオーバーして1時間15分くらい要しました。終わった後、上述のフランス人男性はまた入り口から入っていきました。多分もう少しピアノを弾きたいと依頼していたのかもしれません。

ラヴェルの言った言葉ということで邸内に展示されていて印象的だったのは、「私の唯一経験した恋愛は音楽とのものであった。」というものでした。ピアノを弾く、弾けるというのは何とも格好が良いなと思いました。
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# by vwpolopolopolo | 2006-09-30 21:50 | 日常生活
標題についてフランス語の研修で習ったことで知らなかったことを以下列挙してみます。

●ヴォージュ山脈(les vosges、地方)(アルザス付近の高地)
・特に毛布などのリネン(le linge)
・マキ(le maquis): 対独レジスタンスの組織、参加した愛国者、彼らが身を潜めた森、(なぜか)コルシカ人が官憲の追跡を逃れて逃げ込む潅木地帯

●グルノーブル
・ヒューレットパッカードなどがあり、マイクロエレクトロニック産業

●トゥールーズ
・宇宙航空(l'aerospariale)
・カスレ
・ラグビー(ここはサッカーをやらないことで有名)

●リール
・ゴーフル(une gauffre)
・炭鉱(une mine de charbon)(エミールゾラが、炭鉱夫の激務、そのストライキ、挫折を描いた小説「Germinal」はここが舞台。)
・Leroy Merlin(ブリコラージュ・DIYの店。リールで有名な大資本家(ファミリー)が経営。サイト。

●ナント
・LUの本社(しか有名なものなし)

●クレルモンフェラン
・ポテ(la potee)

●マルセイユ
・南フランスの玄関口、南フランスのことを一般に「le Midi」と呼称。

●リヨン
・クネル(le quenelle)
・石油化学薬品工場(la petro-chimie pharmaceutique)
・シルク工場

●ニース
・2月のカーニバル、山車(un char)
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# by vwpolopolopolo | 2006-09-25 23:50 | フランス語

デュマの居城

パリ郊外のポール・マルリーのアレクサンドル・デュマの屋敷「シャトー・モンテ・クリスト」に行きました(入場料5ユーロ)。だいぶ以前に行って閉まっていたことがあり、今度こそと思って行ったものです。(2月18日に言及。)

「モンテ・クリスト伯」を書いたのはデュマ(父、Pere)で、息子も同名です。デュマ(父)の生きた時代は19世紀、7月革命、2月革命を経験していることとなります。

このお屋敷はデュマの展示がなされていましたが大変興味深いものでした。まず彼は大変な美食家だったようです。そのせいもあり、肖像画どれを見ても大変な肥満体です。3階建てのこの屋敷には多いときには600人が集まってパーティーに興じていたと説明にありました。自らも料理をしたそうで、象の足の包みもの、カンガルーの肉のフィレまで食べていた由でした。自分自身で大変分厚い「料理辞典」まで編纂していました。ある夜のメニュー(アントレにオマール、魚料理はサバ、カレイと書いてあったと記憶しています。)も展示してあり、覗き込んでいたら、職員が暇だったのか話しかけてきてくれました。

「彼(や同時代の美食家)と同じような食事を今摂ったら体を壊します。普通メニューにはアントレ・プラ・デゼールでそれぞれにチョイスがある(~又は~又は~という風に。)が、このメニューには「又は」がない。書いてあるもの全てを食べていたということです。」

とのことでした。太るのも無理はないわけです。

美食家であると同時に旅行が大変好きだったようで、「パリからケルンを経て、サンクトペテルスブルク、カスピ海の側を通り、トルコを越えて、ギリシャ、マルセイユまで」、また「スペインを縦断して、モロッコ、チュニジアまで」足を伸ばす旅行もしているようでした。「シナイ半島での4日間」との題名の小説(?)も展示されていましたが、この旅行にヒントを得たものと思われます。

旅行時にイスラム建築に興味を持ったデュマはチュニジアから職人を連れてきて、この屋敷の2階の2部屋をイスラム風の部屋に改築していました。私が観た現在の修復状況は実際には1980年代に、モロッコの王様から援助を受けたものとの説明がありました。

屋敷のすぐそばに離れがあり、「シャトー・ディフ」と名づけられています。そこで「モンテ・クリスト伯」等を執筆した模様です。「モンテ・クリスト伯」の物語同様、屋敷の方がさじずめパリの社交場、離れの方がパリの社交界から主人公が隔絶されていた「イフ島」を表しているということでしょうか。

デュマはジャーナルの刊行者でもあった模様です。自身の小説を出してみたりもしていたようです。

また、彼の作品は色々なところで何度も舞台公演されているようでした。映画でも扱われている記録も展示されていました。

肖像画がたくさん残っていて、また屋敷の入り口上部に自分の顔の彫像をはめこんでいたりと、かなり自己顕示欲の強い人だったようです。しかし、執筆、美食、旅行、放蕩、好きなことを存分にやったということが、あの肥満体から伺われ、羨ましいというか何となく笑ってしまいました。
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# by vwpolopolopolo | 2006-09-24 21:50 | 日常生活

La Tres Grande Fete TGV

TGVが開通25周年(1981年9月27日~)ということで、標題のイベントがトロカデロでありました。

本物のTGVの先頭車両1台も展示されていて、運転席を見学できるようになっていました。私がそこに行ったのは13時15分頃でしたが、例によって行列が出来ています。係りの人が行列している人に説明しているところでは、「少しづつ運転席に入って、Q&Aをやっているから、どれだけ時間がかかるか分からない(!)」ということでした。

しかし並びました。先週のエリゼ宮に続いて2週連続で並んでいます。その間、25周年記念のアメが配られたり、SNCF職員らしき人が「何か聞きたいことがあれば聞いて下さい。」と言いに来たり、様々な配慮が一応なされていました。「質問があるか?」と言われて、皆「あとどれくらい時間がかかるのか?」が第一声でしたが、中には「あの車輪の部分の部品はどこの製品か?」(私が聞き取ったところではドイツ製でフランスでは製造されていない由。)など熱心に聞いている人もいました。

実に2時間待ってやっと運転席に入ることが出来ました。

そこでは確かに係員(SNCFの職員と思われる。)が1人いて、見学者の質問に答えていました。他のフランス人は2時間も待ったのだからとばかりにものすごい勢いで質問しまくっていました。

その勢いに押されたのか、係員の人は今まで入れいていなかった電源を入れてくれ、あれこれ説明し始めました。

運転席は1人がけになっていて、前方の窓は結構小さく、従って視野が狭い印象を受けました。そもそも1人だけのスペースなので5~6人も入ればぎゅぎゅうになるくらいの狭い場所です。電源が入った際に、スピードーメータも液晶で現れ、400キロまで目盛りがふられていました。「400キロ出るのですか?」と聞くと「はい。」ということでしたが、おそらく理論上そこまで出せるということかと思います。(車でもメータがふれるところまで実際はスピードが出せないことから類推。)ワイパーもリクエストに応じて動かしてくれましたが、結構ゆっくりしたスピードで、このような速さで300キロで走って雨が降って来て対処できるのか?と他の見学者も思っていたようですが、「まあこんなものです。」という答えでした。

最後は「後ろに待っている人がまだまだいますから」となかば追い出されるようにして外に出ました。(イベントのサイト)
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# by vwpolopolopolo | 2006-09-23 21:50 | 日常生活
昨日隣室の韓国人同僚が、「今日あたりまもなくAppleが何か発表するのを皆待っているらしい。」と言っていました。

それで今日の20 Minutesを見ると標題のような記事となっていました。内容は、

・iTunesによりビデオ販売開始、しかし米国のみ。
・発表の最後にサプライズとして、「テレビと接続してiTunesコンテンツを楽しめる新端末「iTV」」に言及。
・フランスのArchosとは競争できるものは何もなし。

ということで、「新機軸はなし」ということになったのかと思います。韓国人同僚と話していた際に、2部屋隣のフランス人同僚もいて、「自分はArchosを使っているのでiPodはいらない。DRMがかかりややこしいだけ。」と言っていました。

Archosの機能を今少し見てみると、今回のAppleの新機軸は確かに目新しくないようです。
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# by vwpolopolopolo | 2006-09-13 23:30 | 日常生活

Selon Charlie

f0008225_5131829.jpg標題の映画を観ました。今年のカンヌ映画祭のコンペティション部門に出されていた映画の由で、しばらく道端でたまに広告を見かけていたので行ってみることにしました。監督は女性(女優でもある模様)のNicole GARCIAという人です。

感想は、何人かの日常生活を扱うということで、場面の切り替わりが早く、フランス語がよく分からない(ゆえにストーリーが追いきれない)、ゆえにつまらない、という感じでした。

何人かの日常を並行して追いかけて、時にそれが少し錯綜したりしなかったり、というスタイルは相当の語学レベルがなければ観賞が難しい印象です。そして何よりこのようなスタイルがまさにフランス映画の典型であると聞きます。

いずれまた書こうと思っていますが、先週「Fauteuils D'Orchestre」という映画がDVD発売されたということで、見逃していたものであったため喜んで購入して見てみたのですが、まさに今回の映画と同じスタイルでした。「登場人物が複数いてそれぞれの日常が並行して描かれ、ストーリーが追いきれないこともあって、正直つまらなかった。」と先週同室のフランス人同僚に話すと「それがまさにフランス映画の典型的スタイル。」と指摘していました。

「Charlie」とは誰かなと思って観ていると、出てくる子供の役なのですが、この役が映画の全てを物語るのかというとそうでもない、ここがまた良く分からず混乱を招きます。下記サイトで監督が説明していて、

"I really like this title. Charlie certainly isn't the central figure of the film, but he is the standard for the state of childhood that the characters bear within themselves. The children communicate sometimes more by looks than words. They try to capture in adults a certain truth.".(以上カンヌ映画祭の関連サイトから)

とあります。

また、粗筋は以下のとおりです。抽象的ですが、ストーリーがないといえばないので、このように書かざるを得ないのでしょう。

Une ville au bord de l'Atlantique, hors saison. Trois jours, sept personnages, sept vies en mouvement, en quête d'elles-mêmes, qui se croisent, se ratent, se frôlent, se percutent et qui en se quittant, ne seront plus jamais les mêmes
(以上同じくカンヌ映画祭の関連サイトから)

結論としては、映画の広告を見て、やたらとたくさん登場人物が出てきそうなものは、上述のフランス映画の典型的スタイルをとっている可能性が高いということで避けるのが無難、ということのようです。殺人事件があってその犯人は?とか、サスペンスとか、コメディとか、ある程度筋がはっきりしているものは少しくらい台詞を追えずとも問題がないと思います。
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# by vwpolopolopolo | 2006-09-10 22:30 | 日常生活

Soiree de Danse Roland PETIT

標題のバレエがシャンゼリゼ劇場であったため仕事の後、観に行きました。全くバレエに興味はないのですが、日本人(草刈民代さん)がメインということと、未だシャンゼリゼ劇場に行ったことがなかったので行ってみたものです。

不精して当日の開園(20時)1時間前にチケットを買いに行ったのですが、当然ながらまずまず観られる席がほとんどない状態でした。何とか「2eme Balcon Face」(34ユーロ)を買いました(チケットを買うべく並んでいると、またもやフランス人おばあさんに割り込みをされました、がこれについて書くのはやめます。)一番高いところで55ユーロということで、この手のものとしては無茶な値段設定はされていないと思います。

劇場前には日本人もたくさんいて、正装している人(女性が主)もたくさんいました。パリ在住日本人もいたと思いますが、バレエ関係者が日本から観に来ているようにも見受けられました。日本人のモデル、ダンサー(?)のような綺麗な女性が劇場前でカメラマンに写真を撮られたりして随分華やかです。フランス人観客も、今日は日本人が多いなと思っていたかもしれません。しかし決して日本人ばかりでなく、フランス人もたくさん観に来ていました。現に私が座った周りにはフランス人ばかりでした。Roland PETITという演出家がフランス人ということもあるのかもしれません。

演目を念のため記録しておくと、

Pas de deux et solos extraits de

Pink Floyd Ballet
Le Rendez-vous
Cheek to Cheek
Duke Ellington Ballet
Charlot danse avec nous
Carmen
L'Arlesienne
Proust ou les intemittences du coeur
Thais
Coppelia
Ni Dieu Ni Diable

【『ピンク・フロイド・バレエ』より『Run Like Hell』
『ピンク・フロイド・バレエ』より『Great Gig in the Sky』
『ランデヴー』よりパ・ド・ドゥ
『チーク・トゥ・チーク』
『デューク・エリントン・バレエ』より『ソフィスティケイテッド・レディース』
『チャップリン』より『小さなバレリーナ』(映画『ライムライト』より)
『カルメン』よりパ・ド・ドゥ
『アルルの女』よりパ・ド・ドゥ
『プルースト』より『モレルとサン=ルー公爵』
『タイス』よりパ・ド・ドゥ
『コッペリア』より】(日本語訳を本サイトから)

です。純粋なクラシックバレーから、モダンなもの、コミカルなものまで色々楽しめました。踊るだけですが、その表現の多彩さにびっくりしました。隣のおばさん達が1つの演目が終わるたびに「ブラボー」を連呼していました。そして最後の演目の後はスタンディングオベーションで、演出家のRoland PETIT氏も舞台に登場して大変な盛り上がりでした。あまりに拍手がやまないので、最後の演目を再演して終了しました。

また、草刈さんと言えば私が初めて知ったのは、映画「Shall we ダンス?」でした。96年公開だったということでもう10年経つのかとびっくりです。どちらかというと大根というか無機質なイメージがあったような記憶がありますが、今回の舞台での艶っぽさには驚きました。

関連サイトを見ると、パリ公演のあと、アジアを回って、日本でも公演があるようです。(サイト)
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# by vwpolopolopolo | 2006-09-08 23:30 | 日常生活
朝、銀行に行く用事があり、9時開店の前であったためドアの前に並んでいました。そこにどこからともなくフランス人のおばさんが現れ、私の前に堂々と割り込みました。動きだしたら文句を言ってやろうと思っていたら、9時になって案の定扉のボタンを押し始めました。「マダム、私が先に並んでいたのですが!」と言うと初めて気が付いたように、「じゃどうぞ、まだ扉は開かないけど。」と、よくもまあいけしゃあしゃあと・・と思いながら、ボタンを何回か押したらあきました。

フランスの銀行は2重扉になっていて、1枚あけて、1枚目の扉と2枚目の扉の間のスペースに入り、1枚目が閉まってから2枚目をあけてという風にして、1人づつ入店する方式です。

当然私1人が2枚の扉の間に入ったと思っていたら、このマダム(とつられて他2人ほど)も無理矢理入ってきました。その結果2枚目の扉が開かなくなりました。中から行員が手配してくれて扉が開きましたが、全く図々しいにもほどがあります。外国人なら1人づつ入るということを知らないこともあるかもしれませんが、あのマダムは生粋のフランス人です。

フランス語の標題は一体何だと思われるかもしれませんが、今日から週1回夜に通うことにしたEcole du Louvreの第1回の講義テーマでした。これはルーブル美術館付属の学校(大学?)で、世界の美術・芸術史を講義する夜間コースです。

行ってみると大学の雛壇の講堂のような立派な教室があり、開始時にはほとんど埋まっていました。おそらく300人くらいは入っていたのではないかと思います。

第1回は4万年前から1万年前までの旧石器時代の洞窟画・壁画等をスライドで見ながら、先生が色々と注釈するという内容です。

ラスコーくらいは歴史の授業で習いますが、それ以外にも、チェコ、ロシア、スペイン、もちろんフランス国内にたくさん洞窟画等が残っているということで、初めて知ることばかりでした。

動物が多く描かれていて、人間はほとんど描かれていない(描かれていても顔と目だけ等の簡単なもの)ことが指摘されていました。それは、狩猟を魔術のように考え描き、またシャーマニズムが主題になっているから、等の説明がありましたが、あまり詳しくは聞き取れませんでした。

旧石器時代では引き付けて聞くのが難しいですが、すこしづつ時代が下っていくようなので、そうなれば少しは理解しやすくなるのではと期待しています。
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# by vwpolopolopolo | 2006-09-07 22:30 | 日常生活
ここではあまり書いたことがありませんが、世界ラリー選手権(WRC)他ラリー競技を観戦することが大好きです。興味を持ち始めたのは去年くらいからなので1年と経ちません。日本よりもマイナースポーツの度合いは低いと思いますが、サッカー等に比べればあまり知られないものと思います。しかし大変面白いです。

今日はWRCが帯広で開催されていて(ラリージャポン)、Eurosportsチャネルで北海道の風景なども含めて楽しみながら観戦していました。

これまでスペイン人のカルロス・サインツ(引退)という人がWRC26勝していたのですが、今般の大会でフランス人ドライバーのセバスチャン・ロエブが27勝を果たし、記録を塗り替えました。2位のグロンホルム選手とわずか5秒差で、しかも最後のグロンホルム選手の追い上げも素晴らしく、大変手に汗握る戦いとなりました。日本開催ということで、スバル勢はどうかなと思って観ていましたが、ポディウムとは残念ながらいかなかったようです。

先週末の無料新聞「Sport」にロエブの記事がありました。

ロエブは1974年2月26日Haguenau(Bas-Rhine)生まれ。もともとは器械体操選手で10歳から15歳の間に4回アルザスチャンピオン、1回の「Grand Est」のチャンピオンになるほどであったそうです。

ロエブ専属の医師によると「ロエブは体操選手としての筋肉を維持しつづけていて、171センチ、71キロ、体脂肪率17%と、喩えるなら、グロンホルムは鯨、ロエブは豹。」とのことです。

今後ロエブはまだしばらく勝ち続けることが予想されます。いずれにしてもこのような記録を塗り替える選手が活躍している時期にファンをやっていられることは幸せです。

ところで、優勝したロエブ、シトロエンチームの面々が、勝った瞬間に「合●格」、「闘●魂」(●は日の丸)という鉢巻をし始めたのには笑いました。誰か日本人が教えたのかと思いますが、果たしてその意味や連想される人物のことを分かっているのだろうか・・と思います。
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# by vwpolopolopolo | 2006-09-03 23:10 | 日常生活

食物に関わる言い回し

フランス語の研修で習った、食物に関する言い回しについてです。

「manger comme un oiseau」・・・鳥のように食べる→少量を食べる(ついばむ(picorer))

反対語としては、

「manger comme quatre」(4人分食べる)、 「manger comme un ogre」(食人鬼のように食べる)→大量に食べる(se gaver、派生語のgavageはフォアグラの製法です。)

日本でも「鳥のえさみたいな」との形容詞があり似ています。4人分というのはなぜ4人なのかは分かりませんが、フランス人にとっての大量というのはこれくらいなのでしょうか。

「manger comme un cochon」・・・豚のように食べる→汚く(salement)、エレガントでなく食べる

豚は食物としては人気がありますが、動物としては良くは見られていないのかと想像します。

「arriver comme un cheveu sur la soup」・・・スープの上の髪のようにやってくる→場違いである、関係ない、タイミングが悪い

例えば、同僚と打合せをしていて、関係のない同僚がどかどか入ってくるような場合使う、とのことでした。

「poser un lapin a qqn」・・・~(人)にウサギを置く→待ちぼうけを食らわせる

フランスではウサギは立派な食物であるため、ここで扱われます。

「mettre du beurre dans les epinards」・・・ほうれん草にバターを入れる→金銭的に改善される、暮らしが楽になる

バター炒めのほうれん草の方が、生野菜より栄養価が高い、美味しいということでしょうか。

「mettre les pieds dans le plat」・・・皿に足を突っ込む→言ってほしくないことをずけずけ言う

一般的なマナー、所作に関することが、食事と絡められているのはフランスらしくて面白いと思います。
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# by vwpolopolopolo | 2006-08-25 22:00 | フランス語

La Tourneuse de pages

f0008225_3434564.jpg標題の映画を観ました。今日から3日間はパリ市の補助(?)により、「3 Jours 3 Euros」とのキャンペーンの由で、確かに3ユーロでした。安いですね。

調べてみると、本映画は先般のカンヌ映画祭の「ある視点部門(Un Certain Regard)」に出された映画のうちの1つでした。ちなみに先週観た「Paris Je T'aime」はこの部門のオープニングを飾った映画の由でした(8月13日で言及)。

粗筋は以下に貼り付けましたが、サスペンスタッチでぐいぐい引っ張る一方、ある程度展開が予測できる側面もありました(そこが「ある視点部門」受賞に至らなかった原因かもしれません)。しかし個人的には大変面白かったです。主人公(Déborah François)が寡黙な役どころで台詞がそう多くなく、何とか会話を追っていけるものであったのも良かったです。しかしこの若手女優の演技はなかなかで、表情が変わらない感情を押し殺した演技は見物と思いました。

カンヌ映画祭のサイトを見ていたら、このDéborah Françoisは昨年のPalme d'Or 受賞作である「L'enfant」の主演女優であったことが分かりました。その映画はまだ観ていませんが、さもありなんという感じです。

以下カンヌ映画祭のサイトから貼り付けています
【Fille de bouchers dans une petite ville de province, Mélanie, âgée d'une dizaine d'années, semble avoir un don particulier pour le piano.

Elle tente le concours d'entrée au conservatoire mais échoue, perturbée par l'attitude désinvolte de la présidente du jury, une pianiste reconnue. Profondément déçue, Mélanie abandonne le piano.

Une dizaine d'années plus tard, à l'occasion d'un stage, Mélanie rencontre M. Fouchécourt, le mari de cette femme qui a certainement changé le cours de sa vie. Très vite remarquée pour son sens de l'organisation et son dévouement, Mélanie est recrutée au domicile de M. Fouchécourt, pour veiller sur son fils.

La rencontre avec Mme Fouchécourt se passe merveilleusement bien puisque Mélanie se montre très sensible à la musique et devient sa tourneuse de pages...】
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# by vwpolopolopolo | 2006-08-20 20:50 | 日常生活

ソルボンヌ

パリ第3、4大学(ソルボンヌ)を見たことがなかったため行ってみました。

しかしあいにく夏季休暇中のためか、建物敷地内には入れませんでした。8月はパリの色々な場所で建物工事(特に店舗)をしていますが、ソルボンヌでもそうであったようで、何やら工事中のようでした。

フランス語の先生に聞くと、フランスでは、高等教育には大きく2つあり、1つが大学、もう1つがグランゼコールの由です。

今日私が見ようとしたのが前者、後者はストラスブールにあるENA等で超高等教育というイメージでしょうか。大学は共通テストのバカロレアに合格すれば後は登録だけの由ですが、グランゼコールはさらに厳しい試験なり選抜がある模様です。そうすると、日本では「ソルボンヌ、ソルボンヌ」と随分有難いイメージですが、まあそれほどのものでもないというところでしょうか。

ところで、バカロレアの試験は、「法は時と場所により異なる。普遍的な正義=法という考え方は放棄すべきか」、「知識は創造力の妨げとなるか」、「人間は死について学ぶ必要があるか」といった問題が過去出ているとのことです。(「パリの風に吹かれて」荒牧、鶴)

解答方法はロジカルに書くというある種のテクニックがあるようですが、高校生が「哲学」を考えているのには驚きます。
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# by vwpolopolopolo | 2006-08-19 22:30 | 日常生活